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東京ゲームショウ初日の衝撃

先週末、東京ゲームショウ2013が開催されました。

PS4の本体、ソフトも展示されるとあって、
にぎわっていましたが、初日に
任天堂・前社長、山内溥(ひろし)氏が亡くなられた、
という知らせを耳にし、大変驚きました。

山内溥氏は、かるたの製造会社だった任天堂の社長を、
早稲田大学在学中に引き継いで以降、
マジックハンド等のヒット商品から、
アーケードゲーム筐体、基盤の製造を経て、
おそらく人類初のデジタルエンターテイメントの大ブームを
ファミコンによって世界中に巻き起こし、
京都の一老舗玩具会社を世界のトップゲームメーカー、
いや、デジタルエンターテイメントのトップブランドに育て上げました。

また、海のものとも山のものともわからない、
また、世間一般から認知すらされていなかった(いまだに、
日本国内においては、ゲーム産業に携わる人々の社会的地位は
かなり低いと感じますが…)、
ゲームという新たな産業を、日本を代表する産業、いや、
世界中の人たちが参加する巨大産業にまで発展させた方、
少なくとも、その土台を作り上げた方、
その人であることは間違いありません。

その、日本のみならず、世界においても、
もっとも有名な「ゲームメーカーの経営者」(正確には元経営者)で
あって、その方が、新旧のさまざまなゲームのハードや手法、
サービス、関係者たちが交錯する、今年の東京ゲームショウの初日に
亡くなられた、ということに、万感の思いを感じずには
いられませんでした。

いちゲームファンとして、また、ゲーム産業の端っこの方に
一瞬ではありますが、在籍したことがある自分としては、
いつの日か、一瞬でよいから、直接お目にかかれる機会がないものか、
と思っておりましたが、
願いがかなわず、とても残念です。

ゲームという今日の文化は、産業として何もないところから、
前例が一切ないところから、氏が見事に作り出したその場所に、
花開いたのだと思います。

宮本茂氏が任天堂に入らなかったら… と考えると、
宮本茂氏が生み出した功績の数々は、
半分(もっとかな?)は山内溥氏の功績であろうと思います。

山内溥様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ちなみに、私も、東京ゲームショウには足を運び、
去年同様、ゲームグッズをいくつか仕入れてきたので、
別途、追って紹介したいと思います。
(ホントはそのことを書こうと思って書き出したのですが、
つい長くなったので、これで終わりにします)

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